夜空の鳥の日記

時にそこはかとなく、時につらつらと

平成26年2月、雪の中助けてくれた人。

平成26年(2014年)2月、東京、夜、大雪。

電車が動かず、タクシー乗り場は大行列。多くの帰宅難民を出したあの雪の日の夜、私も普段の帰宅手段を失って、なす術なくタクシー待ちの列に並んでいた。歩いて家に帰るにはあまりにも遠かったのだ。

タクシー待ちの行列はいっかな進まない。別の方法を考えるべき? でもどうしたらいいんだろうと途方に暮れていたら、私のすぐ前に並んでいた人が声を掛けてきた。

「全然進まないですね」

その人は勿論知らない人。タクシー待ちの列でたまたま前後に並んだだけ。でも私達は、まるで以前から見知っていたかのように、自然と会話をし始めていた。

その際、互いの目的地についても、自然と口にしていた。見ず知らずの人に自分の帰宅先の駅なんて、普段なら簡単に答えないだろう。でもその時は違った。誰もが困り果てていた。きっと、あの日突然帰れなくなった、行くべき場所へ行けなくなった皆が。

帰りたい。その意思を示すため、誰もが自分の帰る場所をはばかることなく口にしていたと思う。

雪は降り続けていた。その人が、

「ちょっと傘買ってきます」

と、行列を離れていった。しばらくして戻ってきたその人は、手に持っていたビニール傘を私に差し出した。私の分の傘も買ってくれたのだ。更に、

「地下鉄なら今も動いてる路線があるから、それを乗り継いていけば、あなたの家まで歩ける距離にある駅で降りられるんじゃないか」

と、運行中の路線を調べてくれたというのだ。

確かにその方法なら、だいぶ歩くことにはなるが、家まで歩けなくもない。かすかな希望を見出した私は、その人が調べてくれた帰路で帰る(というか、何とか家まで近づくという表現の方がいい)ことを決めた。

その結果、夜が明けないうちに何とか無事に家に帰ることが出来たのだ。

困った時はお互い様というけれど…。こんな時は、遠くの家族や友人より近くの他人に救われる。いくら親しい人でも、物理的に遠く離れていては助けるなんて不可能だからだ。

私は、あの大雪の中で、見ず知らずのその人に助けてもらってばかりだった。傘を買ってくれたり、帰路を調べてくれたり…。何より、突然帰れなくなって、不安でたまらなかった時に、話をしてくれた。

人は、知らない人にここまで親切にできるものなのか。

私はその人に対し何も出来なかったけれど、その人は見返りなど求めてはいなかったと思う。あの優しさは、偽りのないものだったと考えていい。

あれから10年。他人の心も捨てたものではないと思わせてくれる出来事だった。折しも、人と会うことはもうたくさんなのに…いや、そんな今だからこそ、思い出させてくれたのか。

あの日のあの人は、今頃どうしているだろうか? あれから、無事に帰れたのだろうか?

もちろん名前も知らないし、今となっては顔も声も覚えていない。その人も私のことなど忘れているかも知れない。

それでも、もし、またどこかで偶然会うことがあるならば、ただ一言伝えたい。

「ありがとう」と。